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文学作品とエンターテインメント作品の違い
・今、書店にフィリップ・マーロウが主人公の小説が2冊並んでいます(ハヤカワ文庫とハヤカワ・ポケミス)。マーロウはハードボイルドで有名な故レイモンド・チャンドラーが生み出した私立探偵。
・一冊は村上春樹新訳の「水底の女」、もう一冊はローレンス・オズボーンなる人物がチャンドラーを引き継いで書いた新作「ただの眠りを」。言い換えると、白髪が混じり始めたマーロウと、杖をつく72歳のマーロウ。
・村上春樹訳のそれは、プロットがややこしく複雑怪奇でついていくのが大変。資産家から失踪した妻を探すよう依頼されるというよくある私立探偵ものですが、例によっていろんなところに首を突っ込んで事件をあぶり出していく展開なので、これを繋げていくのは容易ではありません。
・村上春樹氏もあとがきで書いているように、ストーリーテリングはあまり良くなく、それで新訳作品としてこれを最後にしたらしい。
・チャンドラーが亡くなった後のマーロウものは何作かあります。あのロバート・B・パーカーも2作書いています。ただチャンドラー作品の遺稿とか続編という形式でなく、新作でかつ高齢化したマーロウというのはこのオズボーンが初めての試み。
・こっちは保険会社からの依頼で事故死を再調査して欲しいというもので、メキシコで隠居していたマーロウが、若く美人の保険金受取人と事故死したという夫を調べ始めます。
・足がふらつくだけでなく、若さに嫉妬したり、ちょっぴり忘れかけていた恋心を抱いたり、シニア・マーロウの設定は面白いです。さらに、日本の座頭市にヒントを得たという杖は仕込杖になっていて、これを使うシーンもあります。
・ただ、両作品を読んで思うのは、フィリップ・マーロウは今やエンターテインメントではなく、文学作品として味わった方がいいです。サスペンスとかミステリーとかの娯楽作品は時代背景認識が重要。謎解きやトリックがピンとこなくなるからでしょう。
・時代劇ぐらい昔ならいいのですが、近代ものはその意味で感情移入がしにくい。例えば、携帯電話が当たり前の今、主人公が電話を借りに行ったり、探したりするとちょっと間が空いてしまいます。
・現代は携帯電話やメール履歴、GPS、監視カメラ、さらにDNAが犯罪捜査の決め手になっていて、テンポもトリックも時代とともに激変です。松本清張の「点と線」のような、時刻表を使ったノンビリした謎解きが懐かしい。
次号2月3日月曜日
by 2020.01.31