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残暑に読むお薦め海外ミステリー
・古い映画を観たり、復刻したミステリー小説を読んでいると、違和感を覚える事があります。ケータイ電話がないことです。物語の世界で、このところの時代の変わり目はケータイとインターネット。そのうちスマホ前、スマホ後という言い方をするようになるかもしれません。
・携帯、免許証、社会保険番号、クレジットカードなど一切持たないジャック・リーチャーという元陸軍憲兵少佐が主人公の新刊が出ました(リー・チャイルド著『葬られた勲章』上下・講談社文庫)。
・深夜2時、ニューヨークの地下鉄で不審な女性に遭遇、かつて学んだ自爆テロリストの項目リストをチェックするリーチャー、テロではないと判断しているうちに、突然持っていた銃で彼女が自死するところから話は始まります。
・面白いのは、今回、リーチャーはメトロカードで地下鉄に乗り、ATMカードを使い、ネットカフェでインターネットを使っています。この主人公、バスで移動し、現金使用、衣服は汚れると捨てて着替えていき、愛用の歯ブラシ1本で旅をするというキャラクター設定が面白いのですが、人の携帯電話は使っているし、さすがにITからは逃れられなくなってきました。
・ところで、編集者は概ね表現を誇張します。"話題騒然、大人気作、全米一位"などなど。この文庫も表紙帯に"シリーズ屈指の傑作"とありますが、前作『ミッドナイト・ライン』の方がプロットもスケールも優れています。戦場はニューヨーク市内で、やたら状況説明が多いせいです。でも面白く読めます。
・同じく講談社文庫の新刊、主人公ハリー・ボッシュが活躍する『汚名』ですが、さすがマイクル・コナリー、質の衰えはまったくありません。話は、ボッシュが30年前に逮捕し服役中の死刑囚に新証拠が出たとして再審が開かれようとします。
・一方、ロス市警を追われ、サンフェルナンド市警予備警察官として働く彼に、薬局での二重殺人事件が降りかかります。麻薬囮捜査、それに異母弟の弁護士・ミッキー・ハラー『リンカーン弁護士』も登場します。これの帯にも"犯罪小説の頂点にして、シリーズ最高傑作"とありますが、まあ、納得です。
・いずれにしろ、数ある翻訳ミステリーの中でも、この2作品はキャラクター設定、ストーリーテリング、スケールなどすべて"優"、そして何より翻訳が優れていて読みやすい。
・さて、相変わらず北欧ミステリーは元気で、"スウェーデンでのNo.1ベストセラー"と表4に書かれている、アルネ・ダールの『時計仕掛けの歪んだ罠』小学館文庫。と、デンマーク・コペンハーゲンの作家、ユッシ・エーズラ・オールソンの『特捜部Q』ハヤカワ・ポケット・ミステリーのシリーズ第8弾。
・東京創元社と早川書房に小学館が加わってくれると、海外翻訳ミステリー&サスペンスファンとしてありがたい。このアルネ・ダールのサム・ベリエル警部(ストックホルム警察犯罪捜査課)シリーズはこれが第1作ということなのでシリーズ展開が期待できます。
・『特捜部Q・アサドの祈り』は、未解決事件を扱うコペンハーゲン警察の特殊部門が舞台の警察小説で、今回は不思議な捜査スタッフ、イラク人のアサドの素性が初めて明らかになります。特殊部隊出身、国連軍、既婚で娘二人などなど。本文582ページと分厚く読み応えがあります。
・最後にC・J・ボックスの『発火点』。なぜか講談社文庫から東京創元社に鞍替え。アメリカ ワイオミング州の猟区管理官ジョー・ピケットが大森林地帯で奮闘する冒険サスペンス。自然好き、アウトドアファン必読です。土地の払い下げ不正、日本でもみられる官僚の忖度、権力へのすり寄り。どこにも悪モンがいます。
次号9月4日金曜日
by 2020.08.31