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ロートレックが残した料理本の中の鱒
「ムーラン・ルージュ」のポスターで知られる19世紀フランスの画家・ロートレックは育ちのせいか優れた美食家で、そのメモをもとに友人が出した本があります。1930年刊行「モモ氏の料理」がそれで(モモはロートレックのペンネーム)、これの翻訳本が1974年に座右宝刊行会から「美食三昧 ロートレックの料理書」というタイトルで出版されました。
当時で7200円と高価な本でした。今でも10000円から30000円します。
ロートレックの絵がふんだんに使われ、メニューは190余点にのぼります。
「料理の創作はアートの創作と同じである」と考えていた芸術家らしく、数量など入っていないざっくりとしたユニークな料理本で、とりわけ食材の指定が面白い。例えば、「清流または急流にいるハヤを、びんを使ってつかまえる···ハヤのから揚げ」、「帆船の船首に乗り込み、英仏海峡で銛(もり)でつかまえたネズミイルカを三枚に開き···ネズミイルカの水煮」、「ぶどうの木にいるエスカルゴを数匹捕らえ、数日間断食させる···エスカルゴ、ブルゴーニュ風」。
こんなのもあります。「たくさんのいなごの中から、茶色や黄色のやつでなく、ピンク色の美しいのを選び出す。金網の上に選んだいなごをのせ、粗塩2〜3つまみふりかけて炭火で軽く焼く···いなごの網焼き、洗礼者ヨハネ風」、さらに「黒い森(ドイツ南西部の森林地帯)またはフランスの山中で獲れた黒マスを、水入り魚籃(びく)に入れて生きたままで台所まで持ってくる···マスの水煮」などなど、素材の用意に条件が付いています。この本を思いだしたのは、数日前東京・秋川の支流養沢川でブラウントラウトを久しぶりに釣ったからです。
茶色の体色に赤い点がついた美しい鱒です。日本のヤマメ、アマゴ、イワナよりニジマスに近い種で富士山麓の忍野や日光の湯川で野生化しています(日本で最初に放流された日光湯川などでは当初茶マスといってました)。ロートレックのマスはこのブラウントラウトです。シューベルトの名曲「鱒」も同じ、ドイツ語でバッハフォレレ。ヨーロッパでマスといえばおおむねブラウンになります。
ロートレックの鱒料理は、クリーム煮、酢煮(ワインビネガーと白ワインで煮る)、水煮(ブイヨンゆで)とフランス人らしくソース煮中心ですが、淡泊な鱒類は遠火で焼き枯らした塩焼きが一番だと思いますが、ワインを飲むかと日本酒を飲むかの違いかもしれません。
養沢毛鉤専用釣場はトーマス・ブレークモアというGHQにいた法律家が1955年に創った毛鉤専用の管理釣り場で、ことしの4月末に管理事務所が火事で焼け落ちニュースになりました(たぶん放火です、証拠保全のためかまだ片付けられず焼け跡が残されていました)。毛鉤釣り師(あるいはフライフィッシャーマン)が一度は訪れる歴史ある釣り場なのですが、ブレークモア氏がここに目をつけた理由はなんだったのでしょうか? 村落を流れる小さな野川で、とくに特徴のないよくある日本の川なんですが、たぶん福生の米軍基地から近かったからですね(川の写真・鈴木康)。トーマス・ブレークモア法律事務所は現在も日本にあって企業法務では有名です。
by 2012.06.22