クールシニアのウェブマガジン

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エディター

中村 滋 Shigeru Nakamura

BE-PAL、DIME、サライなどライフスタイル雑誌を創刊。

カテゴリ:野遊び 絶滅倶楽部 

昔風景スケッチ旅「遠野」

 里山にある茅葺きの民家を探してときどき旅に出ます。茅葺きといえば会津の大内宿、飛騨の白川郷、京都の美山の三大集落が有名ですし、移築保存されたものが各地にたくさんありますが、観光用ではなく今も使われ生活している里山の中の風景をスケッチしようと思います。
 最初に訪れたのは民話のふるさと、岩手県の遠野。ここも観光用に整備された茅葺きがたくさんあります。国道396号線沿いにある豪壮な南部曲がり家「千葉家」(国の重要文化財指定)、カッパ淵そば下附馬牛(しもつけもうしと読みます)の「伝承園」(ここは農家の生活が体験したり食事もできます)、その近くの温泉や宿泊設備もある「たかむろ水光園」。極めつけは猿ケ石川を源流に向かって上ったところに作られた「遠野ふるさと村」(曲がり家などを移築して集めた有料公園です)。それぞれきれいに手入れされ美しいのですが、国道沿いや観光バスの止まる駐車場、整備された公園なので、周りの風景は「絵」にはなりません。
 探してたどり着いたのは遠野から宮古へぬける国道340号線から少し離れた土淵町山口の風景です。

夏の夕暮れの茅葺き水車小屋。製作年代などは詳しくわからないそうですが、昔と変わらぬ姿で今も使われています。今はまわりが水田になっていますが、その昔はヒエ、アワ、豆などの雑穀類の畑でした。山背が吹くこの地方はかつては米は穫れずしばしば飢饉に襲われる想像を絶する厳しい土地だったといいます。それを教えてくれるのは、このすぐ近くにあるデンデラ野という場所です。

デンデラ野は蓮台野、つまり「墓地」の遠野なまりといいます。いわゆる姥捨て山、60過ぎた老人がここに集められて、共同生活しながらゆっくり死を待つ···というものです。

この場所に設置された解説によれば「老人たちは日中は里に下りて農作業を手伝い、わずかな食料を得て野の小屋に帰り寄り添うように暮らしながら···」とあるので、今でいう老人ホームの役割も少し兼ねていたのでしょうか。

下の細い川にかかる橋につけられたレリーフ。後方にデンデラ野の寄り合いの小屋「あがりの家」が見えます。

土淵から遠野市街へ降りた小烏瀬川沿いの茅葺き民家。使われているものの、いつまでこのままでしょうか。こういう茅葺きが多い。

山口の水車がある農家の入り口にある自家用菜園。ジャガイモの前に立つ大きな葱坊主はギガンチュームというヒマラヤ原産の観賞用ネギの花で、初夏になぜかこの巨大な紫の葱坊主が農村のそこかしこで目につきます。農家の花壇は花と自家用野菜が混在していて面白くて好きです。

遠野での宿泊は早池峰神社前の民宿。1200年という歴史を誇る早池峰神社は山岳信仰の神社らしく、この拝殿から仰ぎ見ると本殿のさきに薬師岳、そしてその上に1913mの早池峰山を拝むことができるものだったといいます。今は木が生い茂って山を望むことができず残念です。

神社前に最近廃校になった小中学校ありました。絶滅危惧種は茅葺き民家だけではありません。

 

泊まった民宿「わらべ」は座敷わらし(見た人に幸運が訪れるという)が現れるということでちょっと知られた宿らしいです。有名な同じ岩手県にある緑風荘は火事で焼けてしまいましたが、こっちに移ったからでしょうか。この座敷わらしが現れる「間」には、出会った人(霊感の強い人や子供が多いとわらべの主人・佐々木さんの言)があとで子供の玩具を送ってくるので棚が一杯になっています。ストロボをたいて数枚撮影したのですが、この最後の一枚に、例のオーブが映ってましたが、はたして(電灯の真上と右側カーテンの右下)。(水彩スケッチ画・雪村 旬)

 

泊まった民宿「わらべ」は座敷わらし(見た人に幸運が訪れるという)が現れるということでちょっと知られた宿らしいです。有名な同じ岩手県にある緑風荘は火事で焼けてしまいましたが、こっちに移ったからでしょうか。この座敷わらしが現れる「間」には、出会った人(霊感の強い人や子供が多いとわらべの主人・佐々木さんの言)があとで子供の玩具を送ってくるので棚が一杯になっています。ストロボをたいて数枚撮影したのですが、この最後の一枚に、例のオーブが映ってましたが、はたして(電灯の真上と右側カーテンの右下)。
                          (水彩スケッチ画・雪村 旬)

 

 

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