カテゴリ:野遊び 絶滅倶楽部
昔風景スケッチ旅「一関」
岩手県南端にある一関(いちのせき)市は、あまり知られていませんが茅葺き民家が残っています。一関から気仙沼に向かって半分ほどのところにある千厩(せんまや)町の小梨(こなし)地区と、そこから国道155号線を南におりた藤沢町大籠(おおかご)地区へ行ってきました。
茅葺き民家といいますが、この茅(かや)は、そういう名の植物があるわけでなく、イネ科のススキ、アシ、チガヤ、スゲなどをひっくるめた総称です。おもにススキとアシを使うらしいのですが、葺いた後に穂を刈るので「刈る葺き(カルブキ)」がなまったという説もあるようです。藁葺きというときもありますが、油分を含む茅類とちがい、藁は水を吸うので耐久性が3分の1ぐらいになるとか。
ところで茅葺きの形ですが、岩手県に多い南部「曲がり家」型とちがい宮城県との県境に近いこのあたりは屋根の下に三角の窓がついた「入母屋(いりもや)」造りが多い場所。東京や京都など近畿地方もこれです。ところが、見たのは屋根を四方に葺き下ろした「寄せ棟」造りばかりでした。わかりやすい設計のせいか全国で最も多いのがこれだといいます。あとは白川郷で有名な「切り妻」造り、大きな屋根が目立つ原始的なスタイルのあれです。この三つが茅葺き民家の代表的な三つの型といわれます。
ここへきて全国で保存に立ち上がる人たちが多くなってきましたが、材料となる茅場、屋根葺き職人、そして住んでる人の利便などを考えると現状保存はなかなか難しく、今のうちにありのままの茅葺き民家を見ておこうと思います。あの向井潤吉画伯に遅れること50年です。
岩手県一関市の千厩町、気仙沼街道沿いのドラゴンレール大船渡線小梨駅手前を南下した小梨地区にある寄せ棟造りの茅葺き民家。地図にある堂ケ崎の小梨郵便局で場所を聞かないとみつけられません。観光地になっていない茅葺き民家は地図にも載っていませんから探しがいがあります。農業のかたわら豆腐も作っていたという佐藤さんに頼んで資料写真を撮らせてもらいました。
千厩町から国道456号線で南へ藤沢町藤沢で県道155号腺へ。峠を越えて長い下り坂をおり、大籠地区に入ると道のそばに茅葺き民家が次々と現れ、隠れ里に迷い込んだのかと驚きます。すべて現役で手入れもされています。たくさんありすぎて、どれを画にしていいか迷うほどです。画はキリシタン殉教公園入り口の民家。この大籠地区は江戸時代初め頃のキリシタン殉教の史跡がたくさんあります。
広い草原越しにみえる茅葺き民家。屋根の大きさが際立ちます。この地区の茅葺き屋根はすべて上部にもう一つ屋根を載せたスタイルですが、型は寄せ棟造り。
ここでも、農村の夏花こと大きな葱坊主・ギガンチューム(ヒマラヤ原産)がありました(出荷用でしょうか)。先に見えるのは茅葺きの作業小屋。看板は小沢一郎に反旗を翻した岩手選出の民主党・黄川田議員(地元の評判はよかったです)。(水彩スケッチ画・雪村 旬)画の無断転載不可
by 2012.07.20